フツウのふ

ふふふぎふ

何かを書いていきたいと思ってる

だけど、本当のことを話すのってやっぱり大変だと思うんだよね。
大人になればなるほど、意外と大事なことは言わなくなる。

それは、大事なことをいう手段がないというほうが正しい気がする。

 

大事なことは一回とか、そういう言えばわかることじゃない

 

だから、言葉を選んでいくのかもしれない

 

伝わらないことのほうが多いかもしれない。
でも、人間は伝えようともがくのかも!

なにをしていきたい人生なのか

コロナウイルスでいろんなことが不安定になったりしてるし、多少のストレスは感じるね。

 

けど、じぶん、仕事はたのしいことができたし結構満足してる。
現状にも、将来的に考えてもいい経験できたなって思ってる。
でも

 

この人生のなかで、移住を経験して、ほんとうに思ったことは

どこで生きていくかじゃなくて

誰と生きていくかなんだってことなんだよね。

 

誰と・・・・・・・

 

それを自分で決めるのがすごくこわい。
必ずしも相手に受け入れられるわけでもないし

関係は崩れてしまうかもしれない。

でもきっと、そこまでの関係をもっていければ

次の出会いでそこまでいけるんだろうね。

 

そうやって経験値つんでトライ&エラーしていくんだろうけど

傷つくくらいなら一人でもいいなって思ってしまって長い

 

けど、このまましぬとしたらそうじゃないほうがいいのか
このままでいいのか・・・

これだけはちょっとだけ悩む。

わたしはわたしの想いを書き続けたい。

昨日、響って映画をみた。

自分のすることは、自分で責任とっていこうっていう素晴らしい映画だったと思う。

 

私も、自分でどうにかしていきたい。

この状況であがいていくしかない。

私には私の視点があり、それを偽ることはできない。

最初は、傷つけてもいいくらいに思っていたけど、それじゃあ意味がないことなんだって思う。

自分の立場で、言えることをいう。

 

噛みつかれたときは、全力ですべてを失っていくかもしれないけど

もう、そこまで自分がきてる。

 

あと、私は別に有名になりたいわけじゃなくて、本当に自分の守りたいものだけ守り抜きたいだけなんだよ。

本気でむかつくことがあった

それで、ほんとうにそいつを地獄に落としたいと思った。
それで、その方法を人に聞いてみた。

けど、そうしたら、別の誰かを傷つけることになるっておもったとき

それは自分のしたいことではないなって思った。

大事なものはちゃんと守ろう

私はそう思った。でも実を言うと、絵を描いてそれに著作権とかは必要ないと思ってる。もちろん、本来は必要だと思うけど

でも、そのアイデアを生み出せるのは自分だけであって
他の誰でもないから

だから、あんまり絵をパクられたとか勝手に使われたとかなんで気にするのかわかんない

勝手に売られて儲けられるのが嫌なら、もっと高い値段で取引するか
高い値段で売れるように自分を高めるか

売り場所を考えるとかそっちの努力の方が必要なのかなって思う。

生み出すことと、セールすることは全く別のスキルだって思うんだよね。

 

だから自分の技術も磨いてこう

自分に足りない技術が今回浮き彫りになったわけで
そこをあえて知ることができたんだから収穫はでかい

感謝の気持ちとともにいまここにいる

どんなことも感謝に変えていきたい。そうでなくては
その出会いがむなしいものになってしまう。

ありがとう

もうすぐ移住2年

ま、まだ来月なんだけども

 

どうするかなんて決められない

 今後どうするかこのまま住み続けるのかわからない。それが正直な気持ち。

ゲームを中心の生活をすることを目標に去年一年間、行動してきてそれは十分にできたと思う。

そうしているうちに、私は一人はやっぱりさみしいんじゃないかっていう想いを持ったりしてる。でも、自分が何かひとつのことを見つめるって言うのはすごく難しい人だって言うことも知ってる。

気楽な方がいい。

でも、浅いところじゃ味わいきれないなにかを知りたいと思うようになった。

難しく考えすぎなのかもしれないけど
何かを知りたい、その好奇心がねわいてきている。

移住したことが全然関係ないように思う生活をしてる。

ゲームなんてどこでもそれこそできるし
東京にいてもできたと思う。でも、東京にいたら私はほかのことにも興味をもっていたと思う。

やっぱりどこかやることがないからこそゲームを楽しめている気がしてる。
冬は特に寒くてどこかに行く気が起きない。

今の自分がしたいこと

今住んでいる地域でお友達を作っていこうと思っているし、なんか急におしゃれをして外に出たい気持ちになってきたっていうのがある。

田舎だしおしゃれしなくてもいいやって1年間ユニクロ最高って気分でいたけど
今はそれが変わってきてる。

人って変わるからいいんだよね。

 

疑問

大学は社会福祉学科に入って、分野を決めるとき
なんとなくご縁のあった知的障がいの分野を選んだ。

 

児童の分野は虐待に関する仕事というイメージがつよかったけど
今思えば、乳児院とかいろんな選択肢もあったなって。

 

高齢者はなんとんく自分には向いてなさそうだって
そういう意味で身体障がいの介助メインもなんとなく向いてない

そんな気がして

なんとなく知的障がいの施設で働き始めた。

 

一度は、この仕事がいやだったり、一般的な会社を知らずに働くことに疑問がわいて
オフィスワークなんかもしたりしたけど

 

結局おととしくらいから、またご縁があって福祉の分野に戻った。

友達が子育てをするようになって、子育てってすごく大変だなっていうことを体感して
子どもを自分は産まないけれど、何かお手伝いできることはないかなって感じで

児童の分野に足を踏み入れた。

んで、発達障がいとか知的障がいと児童が重なるところで今働いてる。

 

これがきっと、対象年齢があがれば、今度は高齢者分野と重なる部分になっていくんだろうね。

 

子どもの分野は複雑だって思う。
これに教育という観点もきっとのってきて

 

子どもからみた世界はどんな感じなんだろう。

急にやる気がでてきた気がする

去年の春、高山に移住してから忙しかったり暇だったり
お金がなかったり、仕事ですごく傷ついたりして

体力的にも精神的にも金銭的にもぎりぎりでいいし
ゆっくりのんびり省エネで活動するのが、正解だって思ってた。

お金より時間がほしい、という生活を実現することができたし
ゲームをたくさんして楽しい毎日を過ごしてる。

 

でも、たぶんなんか今までの自分とは違うなって
バイタリティーがなくて、生きてるような死んでるような気分がしてた。

好きなものに向かって命の全部を注ぐような
生き急ぐ感じが自分らしいと思う。

 

長く見守ってくれる人は、声やしゃべり方が変わらないから
落ち込んでるわけじゃなさそうって言われてたから

すごい落ち込んでたとか元気がないとかじゃないんだけど

たぶん、徐行運転をして様子を見てたのかもしれないし

 

年を重ねると傷つくのがこわくなるなんていうけど、私はあてはまらないなんて息巻いてたけど

その通りかもしれない。

 

傷つくことがあっても、傷つくことにも正直慣れもあって立ち直りも早いけど
どこかであきらめたり、納得したりできるようになるし

たしかにそれが安全で平和で健全な選択肢だったりする。

 

安全と探索を繰り返していきたい。

 

探索に行けるような準備ができたような気がしてる。